
小笠原を初めて訪れる人が海から父島列島を見たときゴツゴツした岩肌や絶壁に囲まれた風景からとても男性的なイメージを受けるのではないでしょうか?
そんな見た目の島の内部も一歩踏み入れると先人たちの苦労の跡が随所に見られるのです。
実際にその場に足を踏み出し、実際に目で見ながら小笠原の歴史にふれてみるのも悪くない。

沈没船
ダイビングインストラクターとして仕事していた頃、一番力を入れてきた分野ですので小笠原の沈没船の知識に関してはピカイチであると自負しています。
どうしても沈没船と言うと 深い所にあってスクーバダイビングで無いと見れないイメージがありますが、以前調査していた頃も 潜って見るよりも水面から全体を見た方が 全体像が分かりやすかったりしたので スノーケリングでも十分に楽しめます。もちろん小笠原の透明度の高さがあってのうえですが。
小笠原の沈没船はほとんどが昭和19年の7、8月に沈められています。
その数は父島、兄島の比較的深度の浅いところだけでも20隻ほどもあります。
いまだ、積荷が多くまわりに散らばっている沈没船も多いです。(持って帰ってきてしまうのはNGです。)
お店にもいくつかの積荷を展示してありますので興味のある方は直接手に持って見てみてください。
航空機
父島の山中や兄島の海岸、水中にいくつかの航空機の残骸があります。中でも夜明山の中腹に不時着している米軍機は今でも翼の上のマークもかすかに見ることができ周りにも多くのパーツが残っています。比較的、簡単に行くこともできますので半日ツアーなどでも楽しむことができます。

父島は第二次世界大戦前からサイパン、硫黄島に続く要衝として大正時代より密かに要塞化が進められていたのです。ご存知の通り、サイパンや硫黄島と言うと歴史に残る激戦地として地上戦(実際に地上での白兵戦)が行われた場所として数多くの方が亡くなった事が知られています。
父島は当時、小型の滑走路はあったもののサイパン、硫黄島を陥落させたあとのアメリカ軍にとってはさほど重要な拠点として見られなかった為、本土から物資を運んでくる輸送船に対しての攻撃や通信基地への空爆などだけで、実際には地上戦が行われなかったのです。
それでも小笠原の島々には数多くの戦跡が今も残ります。
壕、トーチカ
父島の戦跡でのハイライトはやはり山の岩肌を掘りぬいた迷路のような壕(トンネル)でしょう。部隊の移動用の為に入り口と出口で山の反対側に抜けてしまうほどの物もあったり、砲弾などの重たい物資を運ぶために壕の中にトロッコの線路を引いているようなところも何箇所かで見ることができます。
また、夜明山にはいまだに完全な形で大砲の残っているようなところもあります。
壕?トーチカ?の違いは?
「壕」は山を掘りぬいて作ったもの。
「トーチカ」はコンクリートで作られたもの。
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壕の中通路(トロッコのレール) |
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トーチカの中(観測所) |
実際に歩いていると 本当に多くの戦跡を目にします。
でも足元ばかりではなく 周りの景色も見てみてください。
展望台からの景色もとても綺麗です。でも簡単に行ける場所では見られない ここでしか見られない景色も戦跡ツアーの中で一緒に楽しんでください。
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